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No.20/2006 |
■社会の中の船員 |
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届かぬ船員の声
ブルガリア人マーティン・バンコフは「船長になりたい」という子供の頃からの夢を実現させ、国際船舶会社の船長になった。そして、船員になって16年。マーティンは、船員に対する社会の冷たい目に戸惑いを感じている。
船員たちが労働し、生活する環境は決して快適とはいえない。船内では常に振動を感じ、嵐が来れば船はさらに縦に横に激しく揺れる。時に暑く、時に寒い。船内の湿度は高く、有毒な蒸気も発生する。そして、何ヶ月も家族に会うことができない。通常の生活環境で働く労働者との違いは大きい。
船が港に到着すれば、わずかな時間でも上陸する機会があるが、商業面や法律面での最近の変化によって、その機会も制限されつつある。
現在、船舶会社は、荷役作業の迅速化と、インフラの効率化による輸送形態の多様化を図るため、近代的なターミナルの建設をグローバルに進めている。したがって、新しいターミナルは、都市から離れた高速道路の近隣に建設されるようになり、荷役作業に要する時間は、ほぼ全ての船舶で4〜10時間に短縮された。
船員たちは、停泊時間の半分を港で休養し、あとの半分で外出できればいい方だと考えている。上陸が許可されれば、船員クラブに立ち寄り(港近くにあれば)、家族に手紙やEメールを送ったり、電話で話をしたりすることができる。それには少なくとも2時間はかかる。
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立ちはだかる壁と法のすり抜け
グローバル化によって、商業上の国家間の壁は取り払われる傾向にあるが、逆に、様々な国籍の船員の間の壁と制限は厳しくなる一方である。テロや安全に対して懸念があるのは理解できるものの、最近は船員を犯罪者のように扱う例が増え、度が過ぎている。一方で、真の意味での安全がなおざりにされている場合が多い。
先日、EUの港に停泊していた時、15名の男(内、5名はIDを所持していなかった)が自らをラッシング・ギャングと名乗り、乗船しようとしていると、当直職員から報告を受けた。そこで、私は、IDを所持していない5名の乗船を拒否した。すると、全員が下船し、ストをすると警告してきた。それから数時間にわたり、用船代理店や港湾運営会社から、15名の乗船を許可して遅延を避けるよう圧力を受けた。私は、遅延に対する責任を取ってもらうと言われ、本件が陳述書に記載されると脅された。
結局、私は全員がバッジを提示するまで乗船を許可しなかった。もし、IDを所持していない人間を乗船させ、たまたまその時沿岸警備隊が定期査察に来たら、一体どうなってしまうのか。私は船長として、規則を遵守しなかった責任を取らされる上、船は基準以下船と認定されて10時間以上は拘留されるだろう。そうなった場合にも、当然、港湾ターミナル当局や海貨業者に対するお咎めはない。
実際、機関銃を満載したコンテナが港湾のセキュリティ・コントロールを通過することの方が、船員が近くの電話ボックスに行くことよりも容易だと思えることがある。船員がコンテナを開封できるのは、積荷の中身が明らかに申告と異なる場合や人体に危険である場合に限られており、武器や化学薬品が、玩具・電気製品・洗剤と申告して船に載せられたとしても、誰にも分からないのである。
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忘れられた市民権
毎日、何千という人々が世界中の空港で入国審査を受け、通過している。そこでは、予防接種の有無を調べられることはない。
しかし、船員は予防接種の記録を保持していなければ、当局から上陸を許可されないのである。
船員たちの多くは発展途上国もしくは低所得国出身ではあるが、家族に不自由ない生活をさせるだけの収入は十分に得ている場合がほとんどであり、出稼ぎなど望んでいない。母国の経済に貢献し、税金も払っている。しかし、船員が政府・社会から敬意を払われることはほとんどない。
共産主義時代のブルガリアでは、6ヶ月以上船上勤務していた船員は、投票資格がなかった。現在でも、船員には国政選挙への参加が認められていない。同じく、外国船舶で労働する船員にも、乗船中は憲法上の権利を行使することが認められておらず、こうした問題の解決の努力も何ら取られていない。
現在、海運産業界は、船員(特に上級職員)に対する需要の高まりに供給が追いつかない状況である。しかし、船員の仕事を生涯続けることは非常に難しく、10年ほど働いて、定年を迎えるずっと前に離職してしまう船員がほとんどである。10年も船員をやっていれば、社会に復帰し、もう一度市民として扱われたいと思うようになるからだ。
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