No.24/2010 |
■海賊行為 |
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犠牲になるのは船員だ
海賊の被害を受けた船員の世話を、誰がするのか?
ブレンダ・カーシュが問題を考察する。
海賊行為は、決して新しいものではない。海上交通の歴史において、船員は常に海賊の襲撃目標であった。けれども過去数年間、主としてアデン湾、アフリカの角と呼ばれるソマリア地方、さらにはインド洋海域において、最も危険な状況が発生している。
法治国家ソマリアの政権不安定化にともない、暫定自治区であるプンタランド地方の主要産業としての海賊活動が盛んになってきた。法律も司法組織もなく、伝統的漁業が乱獲によって衰退したため、極貧状態にある地域住民は自由に入手できる武器を活用して、もうかるビジネスとしての海賊行為を始めた、と言われている。
「ソマリア沖の海賊は、マラッカ海峡や南シナ海の海賊とは全く異質な存在だ。人質を取って金もうけを狙うビジネスなのだ。身代金の相場も上がっている。」と、ITF船員部のジョン・ベインブリッジ副部長は言う。 |
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海賊事件の増加
海賊事件の被害がエスカレートした2008年には、ソマリアの海賊によって100隻近い船舶と人質500人が捕らえられた。国際的な関心の的となったアデン湾における多国籍海軍艦艇によるタスクフォースの展開にも拘わらず、2009年度も海賊による攻撃は増加し続けた。さらに、海賊の活動海域は拡大し、紅海からインド洋のセイシェル、さらにはアフリカ東部沿岸にまで及んでいることが明らかになった。
世界の海賊事件をモニターしている国際海事局(IMB)海賊情報センター(PRC)の報告によれば、2009年9月時点における海賊事件発生件数は2008年度の合計数を上回っている。ソマリア海賊は148隻を襲撃しているが、その発生場所は、97隻がアデン湾、47隻がソマリア沿岸、4隻がオマーン沖であった。多くの襲撃が船舶の回避行動や多国籍海軍の介入によって阻止されたものの、ソマリア海賊は32隻の船舶のハイジャックに成功し、人質532人を連れ去った。深刻な問題は、海賊事件に関連して4人の船員が殺されたことである。
報酬が極めて高額であるため、ソマリアの海賊は生命の危険を冒すことをいとわない。NYAインターナショナル社の危機管理部門G4Sのアレックス・ケンプ氏は、ロイズリスト紙に次のように語っている。身代金の要求額が2009年に500万米ドルから1500万米ドルに増加したが、平均解決金額は150万米ドルから170万米ドルであった。2009年度には、乗っ取られていた期間が平均して50日から80日で、それ以上になることもあった。
海賊事件の発生は、世界の他の海域でも続いている。世界的な不況が海賊行為の流行拡大を促した可能性があり、南シナ海やマレーシア海域でも発生が続いている。
過去2年間、ナイジェリアの裕福な石油産業から、より多くの利益を獲得しようとする反政府分子の政治的な理由による船舶および人員に対する海賊行為が、ニジェール・デルタで多発している。
数回に上る襲撃や誘拐の波状攻撃の後、2009年7月、政府側がニジェール・デルタ解放運動(MEND)の指導者を釈放したため、ニジェール・デルタにおける問題は縮小に向かっている。 |
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船員の保護
マスコミの報道は、海賊にスポットを当てている。しかし、海賊の攻撃と犯罪の被害を受けて一番苦しんでいる乗組員の苦境については、注目されることが少ない。
「船員は、消耗品ではない」と、ジョン・ベインブリッジは言う。船員の自由を確保するために身代金が必要なら、選択の余地はない。「一番重要なのは、船員の安全だ。」
可能である場合、ITFおよび関係するITF加盟組合は、人質に取られた組合員の家族の援助に当るが、人質を取っている海賊側との交渉はプロの交渉人に委託している。海賊の被害を受けた船員の解放を勝ち取ったとしても、それは船員にとっては苦しみの始まりに過ぎない。心的外傷後ストレス傷害(PTSD)を受けた船員は、健康、雇用および対人関係などの後遺症に苦しむこともある。
ジョン・ベインブリッジは、「船舶乗組員の期間雇用化が進んでいるため、解放された後、何の援助も得られない、という極めて困難な状況にある。我々は、海賊事件について、船籍国から通知を受けているわけではない。それゆえ、被害を受けた船員を探し出して、我々のほうから支援を提供することもできない。解放後の船員の保護義務がなおざりになっているのは、重大な問題だ」と、ITF船員部のジョン・ベインブリッジ副部長は言う。
海賊行為は恒常的な問題であり、ソマリアに安定を回復させるためには、国際的な措置を通じた、長期的な取り組みが求められる。 |
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問題の解決
短期的な現実対応として、ソマリア沖の危険海域を航行する際、船員は自らを守る必要がある。一部の人々は、この海域を航行するときに、武装した人員の乗船を求める。ITFは、この提案には絶対反対である。「この方策は、事態を深刻化させるばかりでなく、船員の危険を増大させる」と、ベインブリッジは主張する。
便宜置籍国に船籍を置くFOC船は、船足が遅く、乾舷が低く、乗り組み定員が少ないため、最も海賊集団の標的となりやすいことを、ITFは認識している。「我々がFOC船主に、ITFまたはITF加盟組合との協約を調印するように求めている理由は、この点なのだ。さもないと、船員の援助をする者がいないことになる。」と、ベインブリッジは語る。 |
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●ブレンダ・カーシュは、ロンドンをベースに活動しているジャーナリスト。 |
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海賊行為に対するITFの方針
ITFの船員部会は、ソマリア沖・アデン湾で深刻化し、現在インド洋まで拡大している海賊問題を検討し、例外的な場合を除いて、船舶はこれらの海域を通過しないようにすることを決定した。攻撃の危険が高まっており、船員を危険にさらすことは、船主の注意義務違反になる。例外的な場合とは以下の通りである。
●近くから海軍の積極的な保護を受けるか、十分な護衛艦を装備した護送船団内にいる場合。
●船舶が低リスクに分類され、証明された水準の保護措置が施されている場合。
ITFはまた、船員が高リスク区域に船舶を航行させることを拒否したことにより、不利益を被ることがあってはならないと考える。船員は、自らを危険にさらすことを拒否し、高リスク区域に船舶が入る前に、下船できる権利を有する。ITFは、旗国に船員の権利を擁護するよう、要請する。ITFは、船員は武装すべきではないとの立場を再確認している。船員は、広く海運業界に、この立場を支持し、船員を危険にさらさないことによって、船員の保護を確保するよう、求める。
出典:上記の声明は、2009年にロンドンのITF船員部会が承認した。 |
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沈黙による苦悩:ダニカ・ホワイト号の人質たち
2007年6月、3名のデンマーク人船員がソマリアの海賊に捕らわれたとき、彼らは二度と祖国の土を踏むことはないだろう、と思った。デンマーク船主の所有するダニカ・ホワイト号の5人の乗組員にとって、敵意を持った海賊に人質として捕らえられたことは大きなストレスであったが、帰国した彼らの窮状に目を向けようとしない母国の人々の沈黙は、彼らにとって再び大きなストレスとなった。
89日後にやっと解放されたものの、船員のうちの2人は人質期間の代償として生計の道を奪われてしまった。人質として経験したストレスの影響によって、その後は海上で働くことができなくなってしまったのだ。
デンマーク3F労組のヘンリック・バーロー海事部長は、人質期間の補償を要求し続けている、と語った。船員は一般保険基金から小額の労災補償を受け取ったが、組合としては、事件に対する船主の責任、とりわけ海賊の侵入を許した船長の怠慢を追及し、本件に関する訴訟に取り組んでいる。
「船長は、何らの予防措置も講じなかった。専任の見張りも配置しなかった。海賊の襲撃回避に関する国際海事機関(IMO)の勧告も遵守していなかった」と、バーロー海事部長は言う。
ダニカ・ホワイト号はソマリア沿岸のわずか200海里沖を低速で航海していた、と彼は語る。「乗組員と船体の安全に対する船長の無関心は、甚だしい怠慢であり、そのために海賊の襲撃目標となってしまった。」
彼は特に、船主に怒りを向けている。彼によれば、「この企業は悪名が高く、デンマーク海事当局は、当社に発給した法令順守証明書を、事件発生の1カ月前に撤回していた。評判の悪い、恥知らずな会社で、船員の権利の無視が記録に残っている。」
バーロー海事部長は、海事保険業界の怠慢も、次のように指摘する。船舶保険は、船体と積荷のみを対象としており、乗組員をカバーしていない。それだけではなく、保険業界は、船舶の全損と認定されるまでに6カ月間の猶予期間を定めている海事法規に、好んで従っている。「保険会社は、保険金の支払期日までの猶予期間を利用して、海賊との取り引きを、できるだけ低額で解決しようとしているのだ。」
さらに彼は、「テロリストあるいは海賊」とは交渉しない、とするデンマーク政府の誇り高き姿勢をも非難する。「これは、船員にとって我慢のならない状況だ。」同じことは、船員家族へ情報を提供しない警察にも当てはまる。
「乗組員は社会から忘れ去られたように感じており、なぜマスコミが彼らの苦境を取り上げなかったのか、理解できないでいる。」と、彼は言う。「外務省は、我々に、あまり騒ぎたてないよう求めてきた。しかし、船長が身代金の要求額を漏らした時点で、我々の事件は明るみに出てしまっていた。」
3F労組が乗組員を解放させるために必要な身代金を全て負担する、と申し出た3カ月後に交渉が決着し、ついに乗組員は解放された。
船員が、場合によっては6カ月間も人質に取られるようなことがないよう、また不幸にも人質になってしまった場合には、その試練に対する適切な補償が得られるよう、海運産業と海事保険業界の方針を変えなければならない、とバーロー海事部長は明確に主張している。
海賊による襲撃を防止する対策としては、国際海事機構(IMO)および国際海事局(IMB)の助言を遵守することに加え、船主が通電柵などの適切な抑止対策に投資すべきである、と彼は強調している。
「襲撃が始まってから最初の35分から40分が、決定的に重要である。その間が、外部に保護を呼びかけ、海軍艦艇に救助を求める時間帯なのだ。」
組合員は、ひどい経験をさせられ、自家用ジェット機で帰国した後、カウンセラーの治療を受けた。「これは、デンマーク人船員の場合である。けれども、海賊の被害者となったフィリピン人船員はどうなるのか?彼らは極めて悪い条件下に置かれているのだ。」と、彼はこの点に注意を喚起した。 |
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