No.18/2004 |
■海 賊 |
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増えつづける海賊被害の忌まわしい現実 |
海賊により無力な船舶が襲撃される事件が増加し、事件の凶悪性も増している。いい加減、宝島は卒業し、現実に立ち向かうべきだと英国の船舶職員労組(NUMAST)のアンドリュー・リントンは言う。 |
大抵の人は海賊と聞くと、ジョン・シルバー(スチーブンソンの傑作『宝島』の登場人物で、片足の海賊の首領)、八銀貨(シルバーの飼うオウムの口癖)、どくろ図などを思い起こすに違いないが、船員にはとんでもない話だ。
最近、英国の新聞に海賊に関する記事が掲載されたが、その見出しにはこう書かれていた。「ロビン・フッド、攻撃強化」。またしても、この極めて深刻な問題が軽視され、単なる冗談でもあるかのように軽くあしらわれている。
海賊の脅威にさらされてきたNUMAST(海事航空運輸労組)の組合員やその他の船員にとって、これは笑い事ではない。物語の世界とは正反対に、船舶や船員への武装攻撃はますますその攻撃性と残虐性を増し、場合によっては破滅をも意味する現実がある。
おびただしい数の具体例が見られる。乗組員が全員縛られるか、或いは海賊に銃口を向けられているため、ブリッジに誰もいない船が過密航路を全速力で航行していることもあれば、貨物を積載したタンカーやガス運搬船に海賊が銃や爆弾で突然攻撃をしかける事件もある。
高まりつつある危険
統計が全てを物語っている。ここ10年間で2,635件以上の襲撃があり、今年初めの3ヶ月間だけでも1993年度と同じ件数の事件が起きた。件数が増加しているだけでなく、攻撃の度合いも強まっている。1993年以来、実に3,300人以上の乗組員が命を奪われたり、負傷したり、暴行を受けたり、人質に取られたり、脅しを受けたりしている。2003年の最初の3ヶ月間では、船員4名が殺害され、27名が負傷し、78名が人質に取られ、24名が行方不明になっている。おそらく、そのうちの殆どが死亡していると思われる。
海運業に働く人間なら理解できると思うが、これらの数字は氷山の一角に過ぎない。日本政府が行なったある調査から、報告される海賊行為は、実際の3分の1に過ぎないことが分かった。
さらに悪いことに、国際海事局が指摘するように、以前は「海上のおいはぎ」として一蹴されていた事件が、最近ではギャング組織による船と貨物の強奪などの重大な犯罪に発展し始めている。
NUMASTは、過去何年にも亘り、海運産業、政府、一般市民にこの問題に真剣に取り組むよう訴えかけてきた。世界中の海で組合員が殺されたり、負傷したり、攻撃によるトラウマに悩まされている。特に、「危険地帯」として知られるインドネシア、アフリカ、南アメリカ沖で事件が多発している。
無関心と妨害
問題解決のために行動を起こす権力のある人間は、よくてもこの問題に無関心であり、最悪の場合は解決への道を邪魔する人間もいるというのがなんとも悲しい現実だ。
船主らは、緊急当直や見張り、計画と事故発生後の対応について膨大な量の指示書を出すことで保身を図っているが、そのような臨時の人員をどこから連れてくるかについては何も指示しない。危険海域を通過する船長は、きちんとした見張りを置き、安全な航海を心がけることの大切さについて語るかもしれないが、その一方で、例えばマラッカ海峡のような狭くて航行量の多い海域を通過する際に、海賊用の見張を増員することをしない。
これまでにも主張してきたし、今後も主張し続けることだが、船が攻撃を受けた場合、人命被害や環境破壊が生じる割合は相当高いにも関わらず、一般的な船舶に比べ、目抜き通りのガソリンスタンドの方がよほど防犯体制が整っているという有様だ。
信じ難いことだが、交渉の際に、船主が船にCCTV(監視テレビ)やその他の安全装置を取り付けることはできないと主張することもあった。しかし我々にも主張がある。使用者には従業員を守る義務がある。組合側は、適正な安全装置の購入をためらったために組合員が殺されたり、負傷したりした場合、その責任は使用者にあるのだと再三、警告してきた。
最近、電子船舶ロケータや電子トラッカー、センサーアラーム、電気フェンスなど、保護装置や警報装置の種類が増えてきている。NUMASTには、そうした機器の販売会社で働いている組合員がいるが、彼の話では、こうした機器は船上でうまく機能するばかりでなく、一般的な船に取り付けても4千ポンドもかからないなど、価格も妥当だという。船員の安全を確保するための妥当な価格とは一体いくらなのだろうか。
旗国、沿岸国、港湾局のそれぞれが、少数の例外はあるものの、問題の存在を否定したり、或いは事件を防止、調査、告発するなどの必要な方策をとることを拒否することにより、問題を隠蔽しようとしている感がある。
しかし、NUMASTは、この問題に立ち向かう上でつきあたる困難を把握していないわけではない。海賊多発地域は、広範な海域を警備するための効果的インフラを欠いている場合が多い。特に、乾舷が低く、大金を積んでいる船舶は、文字通り格好の標的であり、襲撃を受けやすい。
何をすべきか
しかし、実際は、防御の手立てはまだ多く残されており、そうした策を講じることは可能だし、講じるべきである。海賊が頻出している海域の沿岸国にももっと圧力をかけるべきだろう。また、問題解決のための資金が不足している国には技術面と経済面で支援を提供することができる。危険の高い地域では、きちんとした訓練を受けた保安要員を乗船させたり、海軍が保護したりする必要がある。また、海の犯罪に対してきちんとした国際協調のもとに調査を行ない、最終的には真の意味で犯罪者の罪を裁くことができるようにすべきだ。
9月11日以降、厳格な保安体制がしかれる中、海運業は、関連法の整理をするようにという、かつてなかったほど大きな圧力をかけられている。透明性を高めることにより、組織的な反テロ対策を準備するようにとの要求は、国際船舶港湾施設保安コード(ISPS)によってさらに進められることになった。同コードは、2004年7月に発行するが、これにより様々な歓迎すべき動きが生じてくるだろう。船員が海賊やその他の襲撃から身を守るために、より強力な保安措置を講じられるようになり、警報装置の設置、保安関係の訓練プログラムや実際の訓練の実施なども包括されている。
同コードには素晴らしい文言が記されているが、例によって例のごとく、単なる言葉上のレトリックではないかという疑念も残る。大半の船舶は保安員を設置しなくてはならないことになっているが、保安員の仕事として明記されている訓練、操練、保安調査、作動テスト、保安装置の作動など、非常に重要な作業を担当する専門ポストを新たに創設するのではなく、既に過重労働を強いられている船員にそうした仕事までやらせようと考えている船が多い。
海運産業が本気で保安の問題に取り組むつもりなら、金に糸目をつけるべきではない。安全は無料で得られるものではない。もし、このまま事態を放置するならそのコストはいくらになるだろうか。9月11日の同時多発テロによって生じた新たな状況下、海運産業だけが無関心でいられるはずもない。海賊の問題にかつてと同様に真剣に取り組むべき時が来た。 |
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ITF、乗組員保護に動く
2003年には、商船隊に対する海賊の襲撃件数(殺害された船員は21人)が記録を更新し、史上最多となった。この事態を受け、ITFは、海賊の脅威と闘うため、各国政府がもっと協力すべきであると訴えている。
ITF船員部会のジョン・ウィットロー部長は、「海賊の発生件数と事件の残忍性が増していることは容認できない。今年9月までで、既に20人の船員が殺害されている。2002年では、年間に殺害された船員は10人だった。各国政府や海運当局は、海賊の問題をもっと深刻に受け止めるべきだ」と語る。
インドネシア近海は最も海賊被害が多い地域として知られる。
2003年12月に発生した典型ともいえる海賊事件は、紛争で荒廃したアチェ地方の沖、マラッカ海峡の北部の公海で発生した。海洋補給船に乗り込もうとした海賊により、27歳のフィリピン人船員が射殺されている。
インドネシアのバリクパパン港で発生した別の事件では、モーターボートに乗った海賊5人がアンカーチェーンをつたい、荷役作業中のタンカーに乗り込もうとした。
幸い、海賊を追撃した乗組員と、威嚇射撃を行った乗船中の警察の絶妙の協力体制により、海賊の上船を阻止することができ、海賊は逃げていった。
国際海事局(IMB)は、シンガポールの報告センターを通じて、海賊を監視している。IMBは、11月の同じ夜に、2隻の船舶がブリッジ・オフィサーのいないまま、放置されたとの報告を受け、甚大な環境被害が生じるであろうと警告を発した。
タンカーのジャグ・パナム号は、ナビゲーティング・オフィサーが海賊に取り押さえられていたために、一時間も無人状態で航行していた。一方、3万8,000トンのバラ積み船、アラベラ号は、海賊が船上の金目の物をあさっている20分間、ブリッジ・オフィサーがいない状態で航行していた。
両船とも、襲撃を受けたのは、マラッカ海峡だった。IMBによると、IMBの報告センターが1991年に設立されて以来、襲撃件数は現在最も高いレベルにあるという。
ポッテンギャル・マカンダンIMB局長は、襲撃の際に、ナイフや銃を使う件数が明らかに増加しており、「政治的な海賊事件」が増えていることも心配していると語っている。
「政治的な意図をもった海賊」は、自らの大儀のために、より大きなリスクを犯すこともいとわないため、悲惨な結果を招いた事例を世界の他地域でも嫌という程、見てきた」とマカンダン局長は付け加えた。 |
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運よく難を逃れて
船長でNUMASTの組合員、スティーブ・ムーンの船が襲撃された時の話
ブラジルのアングラ・ドス・レイスで積荷をしている隙に、私の乗船していたパナマックスタンカーに武装した海賊が乗り込んできた。午前4時15分頃、二等機関士のマットが武装した男の集団につかまり、銃を突きつけられた。そのすぐ後、三等航海士のジョーも人質にされてしまった。
ジョーは縛り上げられ、一方、マットは銃を頭に突きつけられたまま船長室のドアまで連れて行かれ、中にいた私を呼ぶように言われた。目を覚ました私は依然として眠気を感じたものの、マットの声が不安げに響くのを感じた。ドアを開けるや否や、私は力ずくでフロアーに押さえつけられた。
残りの一味もジョーを連れてすぐに現れた。我々3人は、やつらが私の船室をあさり、貴重品を全部奪っていくのをただ見ているしかなかった。賊は、金庫を見つけると、今度は散弾銃を私の頭に押し付けて金庫を開けるように命令した。
その後、海賊は私を船長室の外へ引きずり出したので、私は火災報知機を作動させ、その混乱に乗じて逃げることができた。ブリッジまで辿りつくと、VHFやPA電話で海賊の襲撃があったことを連絡した。
海賊は逃亡し、全乗組員がブリッジに結集した。貨物の積み上げは中止され、小さなかすり傷を除けば、誰一人負傷した者はいなかった。上陸してはるばる警察まで通報したが、一人としてこの一味の罪が問いただされることはないだろうと確信しながらブラジルを後にした。
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