2004年7月 第16号 |
■交通運輸保安 |
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保安強化は交通運輸にどう影響するのか
2001年9月11日、旅客機が武器に変貌し、多くの人命が失われる恐ろしい事件が発生した。これにより、保安問題が運輸産業全体の最重要課題になっていった。海運の保安は特に重要だが、石油タンカーや軍事施設などが襲撃される危険性があるため、港湾の保安も懸念される。今年初めのマドリッドの通勤列車爆破事件では、交通機関がテロリストの襲撃に極めて無防備である事実が証明された。
交通運輸はテロの標的としては比較的簡単にアクセスでき、一回の攻撃で多くの死傷者を出すことができる。一般市民やマスコミの注目も集めやすく、ナショナルフラッグ航空の例に見られるように、国の象徴と結びつけられやすい。交通機関を利用して有害物質を輸送すれば被害地域をさらに拡大することが可能になる。
● 犠牲になる交運労働者
航空機、列車、バス、駅、港湾施設、船舶などに対するテロ攻撃では、交運労働者が犠牲になるため、労働者は保安対策を備えている必要がある。労働者にとっては、自分たちがテロ攻撃に無防備であると常に意識していること自体が大きなストレスとなる。したがって、交通機関の安全を可能な限り確保することは、一般市民はもとより、交運労働者にとっての利益となる。
●増大する責任
交運労働者は交通の保安確保の最前線にいる。常に警戒を怠らないことが求められる。つまり、責任とストレスは増えている。仕事の責任が増す一方で、使用者がそのことを十分に認識していないことも多い。一部では、使用者が新たに保安担当業務を導入しているが、新業務が新たな雇用に結びつかない危険性がある。規制緩和とリストラにより、労働条件には既に相当の下方圧力がかかっているが、既に過剰労働を強いられている労働者に新たな責任を押しつければ、非効率であるばかりか、大惨事を招く可能性すらある。
●労働者の権利を支える
交通運輸労組は、保安検査は労働者が保安上危険ではないことを調べるためにだけに使われるべきだと主張している。労働者に関して収集されたデータは、市民権や労働組合権を侵害するような形で保管あるいは使用されてはならない。労働者を対象とした保安対策は、危険度の大きさに釣り合わないものであってはならない。海運産業では、船員を対象とした保安対策が、船員がもたらす危険性をはるかに越えてしまい、船員職全体を犯罪人扱いする瀬戸際まで行ってしまった。交運労働者は、自らの力の及ばない状況、例えば、知らず知らず不法入国者や禁止物品を輸送した場合などには、罰則を科されるべきではない。
9月11日の同時多発テロ以降、一部の国では保安強化を口実として、労働組合の存在自体が脅かされている。労働組合は、そのような議論には、断固として反対すべきだ。労働者を代表する組織は保安強化に役立つもので、それを妨げるものではない。
●公的管理のすすめ
保安対策は規制と管理のもとに講じられるべきだ。交通機関の民営化は、公的管理と交通機関の安全確保のための能力を弱めてしまった。交通労組は、安全と保安を規制・実施・監視する上で国が果たす重要な役割を擁護していく必要がある。
●安定雇用の利点を擁護する
安定し、熟練したやる気のある従業員は、保安面でプラス要素となる。逆に入れ替わりが激しく、雇用条件が低いことからやる気を出せずにいる従業員は、保安リスクになり得る。
「緊急事態に効果的に対応でき、プロとして信頼も厚く、保安リスクに取り組む上でその経験が役立つような熟練労働者の存在は、現在見られる安価で非正規な雇用、労働力の外注化の傾向とは正反対のものだ。この事実を政府や使用者が認識することがなければ、交通運輸の保安を改善することは不可能だ」とITFのデビッド・コックロフト書記長は述べる。
●正義を擁護する
テロリストの活動は不公正な土壌ではびこる。世界全体の公正と資源の公正な分配のために努力することは、労働組合全体の責務である。
●政府がやってきたことは?
2001年以来、国際労働機関(ILO)、国際海事機関(IMO)、国際民間航空機関(ICAO)などにおいて国際協定や国際条約が締結されてきた。
APEC域内における安全な貿易(STAR)イニシアティブやグローバル・コードをEU法に組み込もうというEUの運動などが各地域ごとの保安対策の例として挙げられる。
国際法に加え、例えば、米国などの各国レベルでも新たな法律が採用されている。交通運輸産業のもつグローバル産業としての特性ゆえに、これらの諸規則は他国政府の政策にも大きな影響を及ぼしている。 |
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海運産業
これまでITFは、便宜置籍船であろうとなかろうと、常に旗国による船舶規制の重要性を訴えてきた。船舶登録が規制と透明性を欠いているという事実は、常に保安を脅かすものになる。
しかし、これまで海運産業におけるITFの保安活動の中心は、船員の人権侵害に関して船員を代表することであった。長年に亘り、ITFは基本的人権に基づいて活動を続けてきた唯一の組織であった。
2004年7月1日より発効する船舶および港湾施設の国際保安(ISPS)コードにより、船員は、新たな海運保安体制の最前線に置かれることになる。本コードは、各国当局に船舶と港湾施設の保安対策を義務づける国際規則で、例えば下記の保安対策が例として挙げられている。許可を受けない人物の船舶や港湾施設へのアクセス防止、船舶や港湾施設への違法武器・爆発物の持ち込み禁止、保安計画作成の義務化および関係者全員を保安計画に精通させるための訓練や実習の実施。保安計画には、船員の上陸、船員の交替、ビジター、船員組合の代表者などに関する具体的な手続きを明記しなくてはならない。
より広範な港湾区域に関してISPSコードを補完する港湾の保安に関するILO-IMO実施コードも、ITFが率いる加盟組合の積極的な参加により合意に至った。本コードは、港湾保安のアセスメント(評価)、啓蒙のための研修、秘匿性に関して規定している。
2003年6月には、政・労・使がILO185号条約(船員の身分証明書に関する条約)を採択した。これは、全世界共通の画一的な船員のIDを提供するために既存の条約を修正したものである。本条約には、生体認証や指紋認証システムなどの保安対策の強化が盛り込まれている。ITFは、保安対策が、船員の人権を侵害することなく、真正な船員の安全を確実に確保できるように努力してきた。
さらに、ITFは、船員の生活にとって上陸許可がいかに重要であるかについて力説してきた。船員の上陸許可を取る権利を保障する決議がILOとIMOの双方で採択された。ITFは、ILO185号条約は、船員は誰でも上陸できるようにすべきだと規定していると再三、指摘してきた。しかし、米国など一部の国は、これを認めないと主張しているため、船員の上陸の権利とともに、米国に寄航する船舶での雇用機会もが危機に陥っている。
船舶のギャングウェイに武装した警備員を配置するなどの措置により、船員は犯罪者扱いされてきた。2004年4月、クルーリストビザ(乗組員全員を対象に発給されるビザ)を廃止し、個々の船員に複雑でお金も時間もかかり、プライバシーを侵害するような手続きを踏ませるという米国政府の発表に対して、ITFは次のように反対している。「特に、船舶が米国に入港する96時間前に、全乗組員の詳細な情報を米国の沿岸警察隊に知らせることを要件とする96時間規則のような他の対策と併用すれば、船員の新IDによって、同レベルの保安水準を保つことは可能であり、経歴チェックの時間も確保できよう。」
1988年海上航行の安全に関する違法行為の抑制に関するIMO条約は、昨今のテロの脅威にも対応するため、その適用範囲を拡大するために改正中である。検査上船のための幅広い権限とともに、新たに犯罪行為と規定される事柄も検討中である。ITFは、船員の人権を保護するために、また、船員が違法物資を輸送している船舶と知らずに乗組んだり、自らのコントロールが及ばない問題に関して犯罪に問われることがないように努力をしている。
●コンテナの安全はどう確認できるのか?
テロリストとその道具と疑われる物が様々な港でコンテナ内部から発見されている。ロサンゼルス港に保管される予定のあるコンテナの中に含まれた正体不明の有害物質が発火するという事件が発生したが、これにより、コンテナの不適切な検査が持つ危険性が明らかにされた。
米国では、空コンテナを検査対象から外すという決定がなされ、この点についてITFに加盟する米国の港湾労組は懸念を強めている。組合の話では、ターミナル・オペレーターは、余計なコストがかかるという理由から空コンテナの検査に反対しているという。発表されたある統計によると、ブッシュ政権による港湾保安のための助成金の3割が大手石油会社や大手化学品会社に流れている。一方で、港湾や港湾労働者は、必要な保安措置も施されずにいる状態だ。
「コンテナ貨物を道路、鉄道、河川を通じて空港や別の港へ輸送するといった複数の交通モードの介入により、保安対策のアプローチにも複数の交通モード間の調整が必要であることが分かる」2002年5月2日、欧州交通運輸閣僚会議での発言。 |
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路面運輸
ITFは、職員の数、訓練、機材への投資を増やすよう、路面運輸と鉄道の両部門に呼びかけている。また、オペレーターと組合に共同で保安計画を作成するようにも呼びかけている。
現在見られる路面貨物輸送産業の分断と、不安定なインフォーマル雇用の増加により、保安の弱体化につながっている。路面運輸労働者の安全と権利は保護されなくてはならない。運転手の前歴検査には、プライバシーの侵害にあたるような質問を含めてはならないし、検査を受ける人間の人権や労働組合権が侵害されることがあってはならない。
ロジスティックス産業は全てを犠牲にしてより迅速な輸送を目指してきたが、現在、そのプロセスが見直されている。一部の専門家は、貨物のスクリーニングや車両の遠隔地モニターの新技術に望みを託している。しかし、一方で、輸送上の提携先を気まぐれに次々と代えていく昨今のビジネス慣行では、輸送チェーン全体を通じて保安対策を維持していくことは難しいと認識する専門家もいる。ヴィン・ギリサノ(APロジスティックスのグローバル・セールス・マーケティング担当上級副社長)は次のように述べている。「適切な保安対策と折り合った、厳格性を高めるやり方もあるが、それには余分な費用がかかるし、サプライチェーンはより複雑になる」
同時に、マドリッドの爆破事件以来、鉄道輸送の安全確保が最重要視されるようになった。ここでもまた、厳格な保安訓練を受けることを従業員に義務づけなければならない。加えて、ITF加盟組合は、鉄道施設や警備員のいない車両へのアクセスに関する保安強化や機関車運転席への侵入防止が必要だと訴えている。一部の国で導入されている、安全よりも生産性を重視したリモートコントロールによる機関車操車技術は、特に危険物を駅周辺や操車場を通過して輸送する場合に、保安チェーンの最も脆弱な部分になっているという批判があった。
「内部告発者をいやがらせから保護することもこの分野の重要な課題である。鉄道労働者が『保安の観点から正しい行動を取る』か『自分の雇用を守るか』の二者択一を迫られることがあってはならない」と米国AFL-CIOの運輸部のエド・ウィトキンド部長は述べる。
路面旅客輸送では、保安計画の作成に労働者が参加することがカギとなっている。攻撃を受けやすい交通センター(輸送ハブ)への空港型の監視システム、手荷物検査、非常設備や緊急時非難訓練の導入などは、労組が提起していかなくてはならない問題だ。
「1920年から2000年の間に世界で発生したテロ活動の記録を見ると、49パーセントがバスやバス施設を利用して発生していることが分かる」と米国下院運輸インフラ委員会の2001年報告書は記している。 |
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民間航空
「第一に、航空産業と政府は、同産業の従業員が安全と保安を提供できる能力とやる気を確実に持てるようにするため、乗員と地上勤務スタッフは安全の専門家であるという認識をもつ必要がある。第二に、政府の航空規制局の安全監督力が弱体化するきっかけとなった可能性のある、航空産業の規制緩和と再編の動きを再評価する必要もあろう」(2001年9月18日、ITF民間航空部会声明)
9月11日の同時多発テロの直後、ITFは声明を発表し、航空産業は、保安に関する議論において労働者の意見も参考にすべきことを主張し、政府は公共サービスとして航空の安全を支持する責任があることを力説した。2002年には、ITFは一連の保安原則(下記の枠内記事を参照)を採択した。
同年、国際民間航空機関(ICAO)は、航空保安行動計画を作成した。同計画は、「ICAOに加盟する全188ヵ国で航空保安の実施に関して効果的な評価を行うため、定期的、義務的、体系的、かつ調和の取れた検査機構を設立すること」に言及している。
上述の対策について議論を進める中で、ITFと加盟組合は、常に客室乗務員と地上スタッフを保安対策に不可欠な人員として認識する必要があると説いてきた。危険になり得る可能性のある事物を認識し、乗客と接触する際には、客室乗務員や地上スタッフの経験と能力がものを言う。
これに関連して、ITFとETF(欧州運輸労連)は、客室乗務員に固有の特別ライセンスを要求するキャンペーンを展開している。ITFはまた、保安関係の職務を遂行する上で、客室乗務員の能力に影響を与え得ることから、飛行中の機内の労働環境の改善にも努力している。
同時に、2001年9月11日の同時多発テロ以降、航空の保安面での機能がより厳格な監督下に置かれるようになった。安価な労働力や非正規労働者の使用に加えて、業務の外注化と分断化は、結局のところ、保安対策の効力低下につながる。2002年11月に米国の航空保安が再び連邦政府の管轄下に戻されたため、米国全土の空港で保安業務を担当する民間企業も国家公務員を雇用しなくてはならなくなった。
コックピット内での銃の使用に関する条項に関して何度か議論が行われてきた。ITFは、保安強化対策はリスクを増すようなものであってはならないと明確に認識している。銃による保安対策によって航空機の安全リスクがさらに高まる可能性がある。したがって、銃に頼らない管理、強制抑制装置、乗員の訓練などを優先させるべきだ。
海運産業と同様に、航空産業でも乗員の身分証明が議論されている。2004年4月にカイロで行われたICAO円滑化部門の会議で、ITFは、客室乗務員資格の標準化を支持した。これには、生体認証データの使用や外国への一時入国の際にそれを身分証明書として利用することなどが含まれている。しかし、あくまでもデータベースに保存される個人情報とプライバシーは保護されるべきことをITFは主張している。
ITF加盟の航空労組は、保安対策によって人権が犠牲にされないよう関心を高めている。ITFは、各国は、文書偽造と違法入国を取り締まるための新たな保安対策によって、亡命者や難民が国際保護を拒絶されたり、生命や自由が脅かされ兼ねない地域へ送還されるようなことがあってはならないと主張している。 |
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何をすきべなのか?
ITFは、今後も交通セキュリティーに関してさらに活動を行う計画があるか?
2004年4月のITF執行委員会は、2004年のキャンペーンテーマを「安全と保安」にすることを決定した。今後数ヵ月をかけ、ITFはこのキャンペーンに着手していく。 |
交通運輸労組にできることは?
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「分断された非正規労働者は保安体制の弱体化につながる。労組は交通運輸をより安全にできるし、実際にそうしている」加盟組合は、ITFの2005年のキャンペーンを利用してこう主張することができる。 |
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人権に注意を払う。労働者に関する情報の収集が、労働者の権利侵害や犯人扱いに繋がらないように注意する。 |
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内部告発者の保護について交渉する。不正が存在すると認識した際に、労働者が安心して声を上げることができるようにする。 |
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使用者がすべきことは?
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保安計画を作成する。使用者は、効果的な保安および非常時計画を作成するためには、中心的な保安担当者とともに、組合とも協議しなくてはならない。 |
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厳格な保安訓練を提供する。使用者は、非常時訓練を通じて訓練を実施し、実施にあたっては、組合と協議しなくてはならない。 |
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人材を確保せよ。既に過剰な労働を強いられている労働者に新たな負担を押しつけることを避けるため、新たな人材を確保する必要がある。 |
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政府がすべきことは?
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規制する。保安対策の強化が個々の運輸事業主の選択に任されているようではならない。政府は、保安対策を規制し、確実に実施されることを監督しなくてはならない。 |
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インフラの改善や一部地域の新技術の開発のための資金援助を行う。 |
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複数の交通モードに跨るアプローチを取る。輸送チェーン全体の脆弱性を認識できなければ安全が脅かされることになる。 |
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グローバルなアプローチを支持する。今日のグローバル化した環境においては、一方的なアプローチより相応しい。 |
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ITF航空保安原則 |
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保安と安全は民間航空において基本的優先事項である。 |
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保安は包括的かつ統一的な行動を取ることによってのみ達成できる。 |
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安全で保安対策を備えた交通運輸システムは、政府の公共政策の基本的目的であり、中心的責任である。 |
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政府と航空産業の双方が保安対策を備えた航空システムに必要なコストを負担しなくてはならない。 |
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積極的で厳格な規制とその実施体制があって初めて航空輸送は保安対策を備えたものになる。 |
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効果を上げるためには、航空保安基準は万国共通でなくてはならない。 |
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保安要件は、リスク評価を反映したものでなくてはならない。 |
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航空労働者と航空労組は、航空保安整備において重要な役割を果たす。 |
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航空保安の整備にあたり、システムや手順を強化することもあれば、弱体化させる可能性もある人的要素を理解する必要がある。 |
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航空労働者が保安に携わっている場合、ライセンスや証明書などを通じて、適切な権威と協力が与えられなくてはならない。 |
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保安強化のための対策は、リスクを高めるものであってはならない。保安対策は、中核となる自由を保護するためのものであり、それ自体が自由を阻害するものであってはならない。 |
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