2006年1〜3月 第22号 |
■誰でも使える都市交通? |
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自由化が欧州の公共サービスへ及ぼした様々な影響をボブ・ラングリッジが分析する。
交通運輸の民営化は、当初は別々だったが、後に相互に関連性をもつようになった二つの問題を解決しようとする中で生じてきた。第一の問題は、純粋にイデオロギー的な問題で、サービス提供における国の影響力をどう低減させ、それを公共サービスや公益事業の提供については死んだも同然だった民間部門に渡していくのかだった。第二の問題は、市民への基本的なサービス提供は維持しつつ、政府がどう減税のための財源を見つけるのかという現実的な問題だった。
この二つの問いに対する答えを見つけるにはそれほど時間はかからなかった。公有の産業を売却して減税の穴埋めをすればいいというのがその答えだ。
航空やバスの分野で規制緩和を開始し、自由化を最初に大々的に推進したのは米国だったが、欧州の自由化の旗手となったのは英国だった。英国では、公共機関が公共交通を運営するという考えに右派の政治家が常に反対してきた。国が交通運輸に関与することの戦略的な重要性が広く一般に認識されてきた大陸ヨーロッパでは問題にもならなかったことだ。大陸ヨーロッパには「現状で上手くいっているなら、いじくるな。上手くいっていなければ経営者が理由を考える」といった風潮があり、通常、公営企業の業績不振などあり得ないと考えられていた。
1980年代半ばの英国バス産業の自由化は、規制緩和、分断化、民営化を同時に実施するという大胆な試みだった。産業構造を変えれば、必然的に業績に対する無関心にも終止符が打たれ、市民に提供されるサービスが大きく向上するだろうという理論だったが、実際、必然的にそうなるという保証は何もなかった。 |
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凋落の加速化
英国バス産業の民営化後、最初の数年間に実施されたMBO(マネジメント・バイアウト)が混乱をもたらした。大都市は使用年限を越えてしまったようなバスであふれ、バス会社は、乗客に整合性のとれたサービスを提供しようと努力するどころか、他社を市場から駆逐するために営業しているといえる状況だった。公共輸送サービスへの信頼が崩れるとともに、乗客数が史上最悪のレベルに加速度的に落ち込んでいったのも無理はない。
そこで、企業の支払い能力を高めるため、大幅なコスト削減が実施された。しかし、資本の再配置は行われず、公共交通労働者の雇用条件の低下という形でコスト削減が断行された。1986年から1995年の間、バス運転手の週あたりの実質賃金は16.5パーセント下落した。一方、同じ期間に全産業の週あたり実質賃金の平均は、19.4パーセントも上昇している。組合と利用者団体は、民営化のプロセス自体に反対するキャンペーンを実施したが、政府はそうしたロビー活動にも無反応だった。
民営化と再編による競争激化は想定可能であったため、バス産業の自由化は比較的容易であったといえる。しかし、英国政府も同じ民営化のモデルを鉄道産業に当てはめることはできなかった。鉄道軌道へのアクセスは全く開かれていなかったし、新規参入への障壁は非常に高く、参入コストは古いバス2、3台分どころでは済まされないほど高かった。そこで、国有鉄道の時代からすでに線路網の分断が開始されていった。
経営者は、「めいめいの」ビジネスの発展だけに集中したため、細分化された鉄道各部門内部でのみコスト削減を推進する文化と縦割り意識が醸成されていったが、それは公共の利益には全くならないものだった。この時期には、大幅な人員整理も行われ、1995年から1997年の間に鉄道労働者が半減した。
1990年代初めに鉄道の民営化が決定し、インフラと運行が分離される中、こうした文化はさらに助長された。鉄道の上下分離を初めて実施したのはスウェーデンだったが、上下分離システムに激しい内部競争の要素を付け加えたのは英国だった。最近、英国で何件かの鉄道事故が発生したが、その後、関係事業者の間で責任のなすり合いが繰り広げられたことは実にみっともない話だった。また、この結果、軌道当局と保守請負業者の契約が厳格化した事実が示すのは、鉄道民営化そのものではないとしたら、鉄道分断化のプロセス全体が告発されたということである。
鉄道労組は産業構造の分断化の悪影響をバス労組ほどまともには受けなかったが、大規模な失業に苦しめられた。人員削減の結果、サウスウェスト鉄道では、時刻表通り列車を運行するだけの運転士がいないという状況に陥った。
英国鉄道海事運輸労組(RMT)は、積極的にキャンペーンを展開し、戦略鉄道局が使用者をストライキによる経済的損失から保護するための政策を取っている事実を明らかにした。また、サウスイースタン鉄道を再民営化するという政府の決定にも抗議した。サウスイースタン鉄道は、フランスのコネックス社(別の英国の組合、運輸従業員組合(TSSA)によって、EU労働時間指令への違反や不当行為が露呈した)から買収した鉄道フランチャイズだ。
バス産業では、激しい競争の結果、業界全体の利益が減少し、運転手や車掌の賃金も下がった。その後の不安定な状況下で、バスの新規発注が激減したために、英国のバス製造産業が衰退するという事態をも招き、ここでも大幅な人員整理が行われた。最終的に、英国バス産業は、その後起きた多数の合併を見ても分かるが、改革へ向けた起業家精神を放棄してしまった。 |
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合併により利益が急上昇
現在、英国の三大バス事業者は、アリーバ、ファーストグループ、ステージコーチである。1989年には、これら三社の売り上げがバス業界全体の売り上げに占める割合は11パーセントに過ぎなかったが、1997年にはこの割合が52.5パーセントまで上昇した。そのため、現在では競争は減り、寡占傾向が強まっている。しかし、経営者も労働者もこの状況を条件つきの発展と考えている。1991年以来、バス運転士の実質賃金は16パーセント上昇した。しかし、これは全産業の平均実質賃金上昇率の22パーセントに比べると低く、それ以前に実施された賃下げ分を完全に埋め合わせるものになっていない。
バス産業は依然として民間が所有していたが、一握りの企業による寡占状態が復活し、業界の利益率は上昇した。このことが新規車両への設備投資をもたらしたとともに、賃金引下げにつながった。
新しいコングロマリットの中では、突如として出現したステージコーチが目立つ。同社は一連の買収を単独で行っては、すぐに買収先企業の資産を売却し、次の企業買収の資金をつくるといった手法を繰り返してきた。これが比較的短期間に多数の事業者が一極集中する状況を生み出してきた。市場での影響力を利用し、多数業者の一極集中と運賃無料政策などにより、既存の業者を追い出すというその手法はしばしば略奪的ともいえる。同社のこうした手法によって、組合は同社の市場独占への動きに反対すべきなのか、それとも市場独占の結果もたらされる雇用確保に甘んじるべきなのか、ジレンマに陥ることになった。 |
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欧州の自由化
社会的市場主義の欧州と英国型の自由化の衝突は、交通運輸の発展のための様々なアプローチに常に影響してきた。大陸ヨーロッパでは、戦略的な輸送を含む、あらゆるものを可能にする力を国がもっていると考えられていたが、英国では、国は税金を賢く使うことができない厄介者とみなされてきた。
大陸ヨーロッパの国々は、自由化傾向を増すEUの運輸政策が推奨する市場自由化へ向けた新しいアプローチに影響されてきた。しかし、自由市場万能論に立ったイデオロギー的政策も、急激な変化をもたらすほどの力はもたなかった。フランス政府やベルギー政府は、こうした急激な変化からは距離を置こうとした。イタリアやドイツは、鉄道分断化のモデルをフランスやベルギーよりは真剣に取り入れようとしたが、それでも、所有構造と国内競争に関しては、徹底的な変革は避けてきた。
はじめドイツ鉄道は路線ヘのアクセス権よりも座席を売ろうとしたが、旅客数の激減に直面して方針変更が必要になった。ドイツやイタリアでは、フランスやベルギーに比べ、鉄道自由化へ向けた欧州委員会の取り組みに対する反対の声は小さくなっていったが、それでも、ドイツでは財政的難しさもあり、鉄道の民営化は本格的には実施されなかった。一方、英国のマージーサイド旅客鉄道のフランチャイズ権が、国営オランダ鉄道などが形成するコンソーシアムに譲渡されたことは、公共部門への裏口参入の例として興味深い。 |
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公共サービスを脅かすもの
国際協力は、労働組合同士の間であっても容易ではない。しかし、グローバル化は、一握りのグローバル・プレーヤーがサービスやネットワークを買収する動きをもたらすため、交通運輸の公共サービス性を破壊する以外の何者でもない。これらほんの一握りのプレーヤーが、今後の交通運輸システムのあり方を決定するだけでなく、交運労働者の雇用条件や労働条件、公共サービスの重要性までも決めていくことになる。
市場自由化の英国型モデルはサービスやビジネスの質、コストパフォーマンスの面では、全くといっていいほど利用者のためになっていない。現在、英国政府は欧州にも交通運輸のグローバル化を推進するよう求めている。しかし、英国以外の欧州諸国がなぜ英国型モデルに従わなければならないのだろうか?グローバル化を推進し、その結果、国が交通運輸という戦略的な産業分野のコントロールを失っていくといった手法とは全く異なるやり方を交運労働者が実践し、実証していく必要がある。
その他にも、組合は、地域社会による地域交通の管理の面で存在感を増すべきだ。地方自治体がバスサービスを直接管理してきた都市は多いが、英国のバス自由化により、これが破壊され、最終的に民間事業者が経済的な観点のみから商業サービスを提供するようになった。厳密に商業化したネットワークから上がる収益は直接株主の手に渡り、地方政府は社会的に有用ではあるが、財政的に存続不可能なサービス維持のため、法外な金を支払わされている。(政府から助成を受けているバスサービスの総マイル数は、1986〜1987年には20パーセントだったが、2004〜2005年には28パーセントに増えた)
注目すべきケーススタディは、英国ノッティンガムの新しいトラム(路面電車)システムだろう。このシステムは、既に欧州全域で公共交通システムを運営しているフランスの企業、トランスデブ社が運営している。同社は、公共交通システム運営の前提条件として、地方政府とのパートナーシップを主張している。したがって、同社の手法は、地方政府を交通運輸サービスから完全に締め出していくという従来型の参入モデルとは異なっている。
規制緩和前、大都市や大きな町の公共交通は競争から保護されていると非難されてきた。規制緩和後は、公共事業者が民間業者の独占により置き換えられた。そのような民間業者は、例えば、中小のライバル企業には到底不可能な運賃無料政策を実施するなどして、新規参入事業者を踏みつけにし、冷酷に排除してきた。
選ぶ余裕がある市民なら、唯一の選択肢は、公共交通を利用するのをやめて車に切り替えることだ。この結果、公営バスで働く労働者を代表する交運労組は、サービスの直接提供から撤退しろという上からの圧力に警戒を怠ってはならない。英国の大都市の運輸局は依然として調整役を務めてはいるが、公共交通システムへの影響力を失い、民間の独占企業への単なる資金提供者になってしまったことに徐々に不満を募らせている。
容易なことではないが、公共交通とその利用客、従業員に対する脅威が地域で猛威を振るっている時にも、国際的な脅威をも考慮に入れ、広い視野をもつことが極めて重要である。 |
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ボブ・ラングリッジは英国のオックスオード・ブルックス大学の経済学・運輸関係問題の講師兼研究員。 |
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