2008年7〜9月 第32号 |
■路面運輸 |
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女性にとって安全な職場
世界中の女性路面労働者が、より安全で衛生的な職場環境と、より良いワークライフバランスを求めている。ITFが行った調査に対する女性たちのこうした要望を基に、より多くの女性が路面運輸労組に加入するよう促す組織化ハンドブックが新たに作成された。セリア・マザーが報告する。
ITF加盟組合に加入する女性路面労働者は世界中に約10万人いるが、依然として未組織の女性交運労働者は多い。
伝統的に、路面運輸産業で働く女性は、主として事務作業や管理業務に携わるか、清掃のようなサービス業務に従事している。また、使用者は、女性が乗客への対応など、対人スキルに長けていることを利用して、チケット販売やトラベルインフォーメーションのような業務、コーチ(長距離バス)のアテンダントやバスの車掌として女性を雇用してきた。
運転やエンジニアリングは「重労働」であるため、「男の仕事」とみなされてきたので、現在でも女性ドライバーの数は比較的少ない。しかし、近年、タクシー、バス、長距離バス、急送便や宅配便のライトバンやトラックの運転手、メンテナンスの仕事に就く女性が増えてきている。
英国政府の資金援助によるロジスティックスのための技術訓練協議会が2005年に発表した報告書には、次のように書かれている。「近代的な動力車両技術により、大型貨物車(LGV)の運転には、もはや肉体的な力が必要とされなくなっている。また、運転手の多くは、貨物の積み下ろしや手で物を持ち上げる作業を行っていない。運転は『汚い仕事』というレッテルも払拭する必要がある」 |
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世界中で行われた調査
このように、路面運輸産業で働く女性の数は多くの国で増えており、さらに増えようとしている。もっと多くの女性に組合に加入し、組合の活動に参加してもらうためには、路面運輸労組はどうすればよいのだろうか?女性路面運輸労働者が組合に取り上げてもらいたいと考えている主な問題は、どのようなものだろうか?
女性労働者が、路面運輸労組に、もっと安全衛生に焦点を当ててもらいたい、と考えていることは明らかだ。2006-2007年、ITFは、職場における安全衛生に関する調査に参加するよう、世界中の女性路面運輸労働者にお願いした。この調査票はペーパーベースとITFウェブサイトの双方で入手できるようにし、英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、ポルトガル語の5ヵ国語で作成された。
全大陸にまたがる14ヵ国から、総計380人もの女性が回答してくれた。さらに、南アフリカではインタビューも行われた。2007年10月の欧州運輸労連(ETF)女性総会の参加者からも、さらなる情報提供があった。
回答した女性の約4分の3が安全衛生面で不安がある、と答えた。回答者の実に43%が、最も懸念の程度が高い「非常に不安だ」の項目を選んだ。最大の問題は、使用者がストレスの問題と暴行の発生に対処できていないことと、不適切な設備である。英国のあるドライバーのコメントが状況をよく伝えている。「以前、国境を越えて輸送を行う運転手として働いていた時、困った点は、1) 安全な駐車場が見つかりにくい、2)トイレや水が使える施設が不足している、3)安全確保が難しい、4) 家を離れる時間が場合によっては6週間に及ぶことだった」 |
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安全で安心な環境とは?
女性路面運輸労働者が直面している問題の中でも、安全、保安、暴力やハラスメントへの対応が最も重要なものである。ITF調査の回答者の57%が、暴力について不安を抱えていた。また、その中のほぼ半数が、暴力を制御するシステムがないか、そのようなシステムの存在を知らない、と回答し、残りは無回答であった。
バスの運転手、車掌、チケット販売員は、バス・ステーションのセキュリティカメラが壊れていることや、現金を奪おうとする者に対してバスの運転手が保護されない運転席があることを指摘した。会社は女性をしばしば乗客と接する仕事に従事させたがるが、これは欲求不満の乗客からの矛先に女性が直面することを意味する。夜間の安全な通勤手段がないことは、女性を性的な攻撃の危険にさらすことになる。
一方、女性トラック運転手は、薄暗く人気のない駐車場、Uターン場所、給油所が多いことと、助けが必要な時に車庫や警察への通信システムが機能しないことを指摘した。彼女たちもまた、大きなリスクにさらされている。
悲しいことだが、男性の「同僚」と管理者の不適切な行動を指摘する報告もあった。例えば、職場の壁にポルノ写真を貼るといった行為だ。女性はしばしば、不愉快な「冗談」を言われたり、望まない相手に言い寄られたり、ひどい場合には暴行を受けたりする。女性が性的に従属的であることが、HIV/エイズ蔓延の大きな原因になっている。
しかし、職を失うことを恐れるあまり、女性が事件を報告しないことも多い。男性の同僚が「この環境でやっていけないなら、辞めてもらっていい」と示唆する可能性もある。したがって、ITFは、男女の交運労働者や一般の乗客など、全ての人々をより良く保護するための闘いに、もっと多くの男性が参加するよう加盟組合が促すことを望んでいる。
カナダの運輸事務労働者が、いろいろな問題を提起している。「まず手始めに、ダミーではなく、実際に機能するカメラを設置してはどうか。でも、それでは大した保護にはならないだろう。それなら、警備員を配置してはどうか。そうすれば、労働者も乗客も、変な連中に襲われる不安がなくなるだろう。チケットの販売所に、緊急連絡用のボタンを設置することもできる。また、バスの配車係が車庫の中を見えるようにすれば、発券係が万一、助けを求めている場合、それが見えるだろう。これらは深刻な問題で、これまでにも既に恐ろしい体験をしたり、実際に負傷したりした労働者がいる。誰かが殺されてから基本的な進歩が見られるようでは、遅すぎるのだ」 |
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今こそ劣悪な職場環境を一掃する時
ITF調査では、回答者の3分の2近くが、女性トイレの不足を指摘した。この事実が、路面運輸産業で女性がいかに必要とされていないかを女性に実感させる。必要な時にトイレを我慢しなければならないようだと、内部感染や腎臓障害、痔などの健康被害のリスクが高まる。
トイレや洗面所があっても不潔で非衛生的である、との苦情も多い。きれいな飲み水が確保できにくいことも、衛生面で指摘の多かった点だった。家庭でも家族の世話を任されていることから、おそらく女性の方が衛生面の意識が高いのだろう。より衛生的な職場環境を求める声に組合がもっと対応すれば、職場全体を利することになる。病気は、男女の別なく私たちを襲うからだ。
英国のユナイト労組T&G部門からの圧力により、フォークストンのコンテナ港の港長は、女性トイレを設置すると発表した。大型トラック用パーキング内にできたこの新しいトイレは、特別なキーシステムで、女性専用となっている。同労組の「化粧室無料化」キャンペーンは英国全土で現在も継続して行われている。同労組の地方支部長を務めるレイチェル・ウェブは、女性はトイレの問題を女性だけの問題とは捉えていない、と指摘する。「トイレを頻繁に我慢しなければならない状況は、男性にも非常に深刻な、時には死に至る悪影響を及ぼし得る。男性の場合は前立腺がんになるリスクが高まるからだ。全ての交運労働者が利用できるトイレやシャワー施設を設置して欲しい、という女性の要求は理に適ったものであり、労働者全体にとって極めて重要な問題だ」
ITF調査に回答した女性の多くが、胎児に悪影響を及ぼす騒音や振動、排ガスの問題については、ほとんど何の措置も取られていない、と報告している。排ガス問題については、車の停止時にエンジンを切ることで間単に解決できるし、燃料の節約にもつながる。
また、適切な設計がなされていない不快な運転席や運転台の問題点を指摘する女性も多かった。これは万国共通だが、運転台はほとんど男性の身体に合わせて設計されており、同じ設計が当然、女性の身体にも合うものだ、と誤って考えられている。しかし、腕や足の長さは人により異なるため、男性や女性の様々な体格にフィットする運転台を設計することはそれほど難しいことではないはずだ。
また、リスク評価が存在する場合は、必ずといっていいほど評価している主体が組合であり、使用者ではない点を指摘する声も多かった。しかし、政府の査察官が行っているものであれ、使用者や組合が行っているものであれ、ほとんどの安全衛生関係の活動はジェンダーの違いを全く考慮していない、との指摘もあった。大半のリサーチが男性を対象としており、男性に対して行った調査の結果が当然、女性にも適合するものと考えられている。その結果、法律や基準なども、通常は男性を基準につくられている。
世界保険機関(WHO)が2006年に発表した報告書「ジェンダーの平等と、仕事と健康:証拠の再考察」によれば、「職業関係の研究の多くがジェンダー的に中立の立場を取っており、調査の対象ジェンダーに触れていないため、当該の調査に男性、女性あるいは両性が含まれているのかの判断ができかねることが多い」という。
ITFが作成した組織化ハンドブックでは、組合のものであれ、政府や使用者のものであれ、あらゆる安全衛生活動にジェンダー的視点を盛り込むことが加盟組合に強く求められている。そうしなければ、女性や妊娠中の女性の場合は胎児に多大なリスクが及ぶことになり、このことは、結局は社会全体に悪影響を及ぼす、と同ハンドブックは言及している。 |
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ワークライフバランス
宅配トラックの運転などの成長産業に女性が従事する機会が増えているが、こうした産業では、使用者が一般的に不定期のシフトや残業を望むため、家庭をもつ人々には困難が伴う。ますます多くの労働者が勤務時間の延長や労働時間の柔軟化というプレッシャーにさらされているが、女性は家族の面倒をみなければならないため、こうした要求に応えられる可能性が低い。
メキシコの労組、ATMのローザ・マリア・ヘルナンデス執行委員は、問題をこう指摘する。「以前は、貨物輸送に従事する女性がもっといた。トラックやトレーラーの運転手だった。今では、ほんの2〜3人しかいない。標準的な労働日の概念が消滅しているからだ。より低い給料で、より長く働く競争があるように思われる。これは、女性の雇用機会が失われることを意味する。なぜなら、一般的に女性は、男性に比べて仕事に割ける時間が短いからだ」
使用者が労働コストの再編・削減を検討する際、そのしわ寄せは女性にくることが多い。清掃、ケータリング、旅客サービスなど、女性が多く従事する職種は、まず最初にアウトソーシングの対象となる傾向があり、その過程で女性は産休や育児支援などの極めて重要な福利厚生を失う。男女を問わず、労働者には世話をするべき家族、子供、お年寄りがいることや、仕事以外の生活があることを考えようとしない使用者があまりにも多い。女性たちが求めているのは、仕事と家族のバランスを取ることができる、質の高い柔軟な労働時間である。
ITF女性委員会の議長で、英国ユナイト労組T&G部門の全国女性・人種・平等担当のダイアナ・ホランドは、女性交運労働者を代表して活動する中で、見過ごされたり、妨害されたりしている問題がいくつかあることを認識している。「女性が話をきちんと聞いてもらえなければ、決して表面化してこない問題がある。例えば、女性と妊娠、出産、制服、トイレへのアクセス、セクシュアルハラスメント、労働時間の決め方、賃金の平等の問題などだ」 |
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前向きな変化
調査や組織化ハンドブックを通じ、ITFは、路面運輸産業の中で女性が働く分野を見つけ出し、その女性たちに手を差し伸べ、彼女たちの意見、特に職場の安全衛生面についての意見を聞き、それに応えて行動するよう、路面運輸労組に強く求めている。
ITFのデビッド・コックロフト書記長の言葉を借りるなら、ITFは、「組合内部に前向きな変化を起こし、女性が参加し、積極的に活動したいと思う組合に変わっていくこと」を求めている。職場の安全衛生問題は、女性路面運輸労働者にとっては重大な問題であり、この問題を取り上げる組合は、女性や妊娠中の女性のお腹にいる胎児を、現在の危険な状況から保護することができるだろう。これにより、男性労働者にとっても前向きな変化がもたらされよう。 |
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上述のITF組織化ハンドブックを希望する場合は、次のサイトから取り寄せ可能: |
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セリア・マザーは、英国在住のフリーランスライターである。 |
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ロンドンバス女性運転手のための行動計画
2003年までに、ロンドンには1200人を超える女性のバス運転手がいた。全体の約6%に相当する。女性をさらに増やすため、翌2004年、バス事業者と交通運輸労組「ユナイト−T&G」が、合同作業部会「トランスポート・フォー・ロンドン」を立ち上げた。
「現代のバスはそれほど体力を必要としない。力のある男性しかバス運転手になれない時代は終った。もはや男性である必要もない」と、この作業部会は指摘する。
女性限定の採用説明会がバスの車庫で実施され、就職活動中の女性たちは先輩女性運転手に直接、話を聞く機会を与えられた。数はまだ多くないが、女性が増える中で、彼女たちをサポートする「女性指導員」も車庫に配置された。子育て中の女性を対象とする減税制度や助成金のほか、女性用施設も整備されている。
ロンドンバスにも、プリペードの「オイスター」カードが導入され、現金を扱うことが少なくなり、暴行を受けるリスクも減っている。治安対策として、無線、警報装置、衛星追跡システムが全車両に備え付けられている。交通運輸労働者(男性も女性も)への暴力反対を訴える大型ポスターも、市の全域に展開されている。「ユナイト−T&G」は女性組合員を対象に、24時間体制でハラスメントや暴力の報告を受け付けるサービスを開始した。差別的行為が絶対に許されないことを強調する、社員および管理職向けの研修も実施されている。
さらに、ロンドンバスの職場から、より多くの女性組合代表が誕生し、育児や柔軟な勤務体制に関する問題に取り組んでいる。 |
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ロンドンバスの活動計画「バス業界で働く女性」(2004年7月発行)はITFのホームページ )で閲覧できる。 |
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「トランスポート・フォー・ロンドン」作業部会の詳細は へ。 |
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