2011年4〜6月 第42号 |
■航空機内の空気にひそむ危険 |
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危険:有毒ガス
航空機内で毒性ガスの煙を吸い込んでしまうことは、客室乗務員、パイロット、乗客にとって大きな安全衛生問題だ。トランスポート・インターナショナルのマリアンヌ・パウエルが、この問題を解説する。
昨年、機内で有毒ガスに暴露した問題をめぐり訴訟を起こしていたオーストラリアの元客室乗務員が、約14万米ドルの賠償金を勝ち取った。元客室乗務員のジョアン・ターナーは、1992年の乗務中に危険な煙に暴露し、それ以来、健康問題を抱えてきた。
民事裁判で有毒ガスに暴露した労働者が勝利を収めたのは、これが初めてだ。この裁判は、航空業界で働く労働者にとって重要な安全衛生問題に焦点を当てた。
客室乗務員、パイロット、乗客のリスクは高い。高高度飛行時は、機内で呼吸用にエンジンから供給される圧縮空気が必要になる。フィルターをもたないエアコンシステムを経由して送られてくるこの圧縮空気が、熱くなったエンジンオイルや油圧作動油に汚染されていることもある。
ジェットエンジン用のオイルには、摩耗防止剤として有機リン酸化合物など、様々な化学物質が含まれている。航空機以外では、殺虫剤、除草剤、化学兵器などに使われている物質だ。そのため、このオイルが漏れた場合の影響は計り知れない。
こうした理由から、ITFは、この問題に関する意識向上と労働者保護のための活動を強化している。ITFと加盟組合は、航空機内の空気の質の問題に長年取り組んできており、この問題で先頭に立つITF加盟組合もある。 |
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労働者にとっての問題
オイルの臭いや何かが燃えているような臭いに時々気づくことはあっても、ブリードエアの問題を知らない客室乗務員やパイロットは多い。慢性疲労や記憶喪失に悩まされることはあっても、そのことと機内の空気の関連性に気づくことはない。
「機内で有毒ガスが発生した」場合、命にかかわることもある、と客室乗務員・通信労組(AFA-CWA)のクリス・ウィトウスキ機内空気安全衛生・保安部長は説明する。
「ガス漏れにより、客室乗務員の安全関係業務を遂行する能力が著しく損なわれる可能性がある。例えば、パイロットが適切な操縦ができず、記憶喪失に悩まされ、コミュニケーションが取れなくなる可能性もある」と、ウィトウスキ部長は述べる。
このように、航空労働者は気付かずに漏れたガスの影響を受ける可能性があり、そのことが致命的な判断ミスにつながることもあり得る。
労働者に及ぼす健康面での長期的な影響も深刻な問題だ。エンジンオイルに使用されている化学化合物は非常に毒性が高く、脳幹や神経系に損傷を与え、右に挙げたような慢性的な症状を起こさせる可能性がある。 |
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解決法を探して
航空労組が毒ガスを原因とする健康問題を心配するのは当然のことだが、朗報もある。グローバルな支援団体が、労働組合とも協力しながら機内の空気の質向上の問題に解決策を見出そうと活動しており、一定の成功も収めた。
グローバル・キャビン・エアクオリティ・エグゼキャティブ(GCAQE)が乗務員の血液検査のための主な資金を提供し、検査から乗務員が毒性ガスに暴露したかどうかが分かるようになった。現時点で、この研究は大成功まであと一歩というところまできている。 |
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先頭に立つ組合
ITFは長年、機内の空気の質の問題に取り組んできた。1999年には、この問題に特化した第一回会議を主催した。最近では国際民間航空機関(ICAO)に、汚染された空気のリスクに関する意見書を提出した。また、危険性に焦点を当て、意識向上を図るための映画も最近、作成したばかりだ。
加盟組合もまた、労働者のために革新的な解決策を模索している。AFA-CWAは、医療従事者のための手引書を作成した。また、有毒ガスが発生した場合、手引書をどのように入手すればいいかを記した、財布に忍ばせておけるサイズの小さなカードを組合員のために作成した。
米運輸労組(TWU)も、組合員の意識向上を図り、異常があった場合はすぐに報告するよう呼び掛けている。また、様々なケースのフォローアップ報告も行っている。
組合員が健康を害して、初めてTWUはこの問題を認識するに至った。「フライトの安全が最優先事項であるべきであり、労働者の健康が第一のはずだ」と、TWUのマイケル・マッソーニ第一副会長兼安全・保安コーディネーターは言う。 |
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ケーススタディ:エイリー・エイドリアンセン
2003年からパイロットをしている。2006年初め、極度の疲れなどの症状が出始め、徐々に悪化していった。2009年には、記憶喪失、味覚喪失、筋肉のひきつりなどの症状が現れた。2009年3月には、飛ぶことを断念せざるを得なくなった。これらの症状は現在も続いている。
医師からは、脳幹が損傷を受け、自律神経に悪影響が出ている、という診断を受けた。パイロットを辞めてから一年経つが、何の仕事もできない。今後どうなるかも、全く見えない。健康保険から支払われる手当てで生活しているが、6カ月後には支給が終わる。妻と小さな子供がいる。状況が改善すること、症状が軽減することを、ひたすら祈っているが、どうなるか分からない。
航空労働者は、この問題をもっと真剣に考えるべきだ。たった一回の出来事で病気になることもある。勤務中、私は何度もエンジンオイルの臭いを感じたことがあった。皆それが何の臭いかすぐに分かったが、公にそのことを語った者はいなかった。当時は「健康に良くない」くらいに思っていて、まさか神経毒性があるとは思わなかった。自分の人生にこんな形で影響を及ぼすとは夢にも思わなかった。 |
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ケーススタディ:アンドレ・ホルム
1970-1971年に職業パイロットとして働き始めた。時々、ブリードエアが臭いと感じることがあったが、当時は何に気をつければいいのかも分からなかった。
1980年代半ばから、健康状態が悪化し始め、インフルエンザのような症状、発疹、呼吸困難、慢性的な疲れ、集中力の低下、短期の記憶喪失などの症状に苦しむようになった。
これらの問題を、一夜にして抱えるようになったわけではない。身体がまるで徐々に粉々になっていくような感じがした。同じような問題を抱えていた同僚も多かった。医者にはストレスだとか、働き過ぎだとか言われたが、実際はもっと深刻な問題だった。
1996年にパイロットを辞めざるを得なくなった。それ以降、上述の症状の多くが慢性的になった。
仕事をしていて病気になるなんてことがあってはならない。1950年以降、前兆は多く見られていたのだから、航空業界内部の人間が告発するべきだった。
これらの症状により、多かれ少なかれ、私の人生は破壊された。自分の人生と健康を取り戻したいが、それはおそらく無理だろう。 |
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症状チェックリスト
症状は急性で、フライトの後、短時間で治まることもあれば、長期的で慢性になることもある。以下のような症状が出る可能性がある:
疲労−眠っても極度な疲れが取れない
目のかすみ、視野狭窄
震え
バランス感覚の喪失、めまい
発作
意識の喪失
記憶力の低下
耳鳴り
頭がくらくらする
混乱、認知機能の低下
興奮状態
吐き気
下痢
嘔吐
咳呼
吸困難(息切れ)
胸が締めつけられる感じ
呼吸不全で酸素吸入が必要になる
心拍数の上昇と動悸
目、鼻、上気道の不快感
(出典:)
万が一、乗務中に気分が悪くなったらどうすればいいのか?特に、異常な臭いがした場合、どうすればいいのか?
報告しよう。業務日誌に記録し、整備士による調査を促そう。
書類が全て。必要に応じて治療を受けるようにし、診療の際には米連邦航空局(FAA)の助成により作成された医師のためのガイド()のコピーを持参すること。また、当該航空機のオイルと油圧作動油のデータシートも忘れずに持参する。データシートが欲しい場合は、所属する組合の安全衛生代表か、グローバル・キャビン・エアクオリティ・エグゼキャティブ(GCAQE)()に連絡を。
直ちに会社に報告を行うこと。報告書の控えは念のため取っておき、一部は組合に送付する。
航空機用のオイルから発生した煙を吸い込んだ場合は、次のサイトの指示に従い() 、血液検査を受けよう。
その後に現れるいかなる症状についても、記録しておく。例えば、発疹や腫れなど、目に見える症状の場合は写真も撮っておく。 |
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